第7回ツアー 九~十一番札所

 (2018.07.05)

 九番:興福寺・南円堂 十番:三室戸寺 十一番:上醍醐・准胝堂(醍醐寺)

 九州から近畿地方までの広範囲に大雨警報や注意報が出る中、先月に続いて雨中での参詣となった。当初の予定では当日に上記の3ヶ寺を巡るはずだったが、興福寺・南円堂と醍醐寺は予定通りお参りできたものの、京都地方に大雨警報が出たため、三室戸寺が閉鎖されて参拝することが出来なくなった。

 仕方が無いので朱印帳は旅行社の方に預けて後日御朱印を頂いてもらうこととし、私たちツアーの一行は三室戸寺参道の入り口近くにバスを止め、車内から寺内の観音様に向かってお経をあげて遙拝し、次の醍醐寺へ向かった。そんなわけで、3ヶ寺へのお参りは7月5日だったのに、ページ作りは御朱印帳が手元に戻ってきた今になったわけです。

    
 九番札所 興福寺・南円堂 (奈良市登大路町)
         こうふくじ なんえんどう

 世界遺産にも登録されている興福寺は藤原氏の氏寺として古くから隆盛を極めた巨刹。憂いを帯びた表情で人気がある阿修羅像を筆頭に、日本の国宝仏像のおよそ17%がこの寺のものと聞けばその繁栄ぶりがうかがえるというもの。

 その興福寺の境内の一角に朱塗りの八角円堂がある。西国第9番札所の南円堂だ。弘仁4年(813年)、藤原冬嗣が父の追善供養のために創建した。本尊の不空羂索観音像(ふくうけんさくかんのんぞう)は運慶の父康慶とその弟子たちによって造られた威厳に満ちた金色の像で、こちらも国宝。余談ながら、バスの集合時間に余裕があったので、大枚700両を払って国宝館の阿修羅像を見てきた。(笑)

東金堂と五重塔

南円堂(札所)

一言観音 一言だけお願いをすれば叶えられるという。 御 朱 印


国宝館 入館して阿修羅像を見てきた。


南円堂の近くにある若草山 傘を差した女性は鹿せんべい売りのおばさん、
男性は観光地でよくみる写真屋さん。雨で観光客が少ないので二人ともヒマそう。


 十番札所 三室戸寺 (京都府宇治市)
        みむろとじ

 奈良時代末、光仁天皇が宇治川の支流・志津川上流に、観音菩薩出現の奇瑞を知り、堂を建立したのに始まると伝わる。平安時代には山上・山下に伽藍が立ち並び、観音霊場として篤く信仰されてきた。

 境内には与楽苑と名付けられた枯山水、池泉回遊式庭園などからなる5000坪の大庭園がある。2万株のツツジ、1万株のアジサイなどが咲き誇り、四季を通じて花や紅葉の美しい寺としても名高い。

 冒頭にも書いたように、大雨警報が出ていたから三室戸寺へは参拝出来なかったので、自分自身で撮ったお寺の写真がありません。ここに掲載した本堂や山門の写真は「西国三十三所参詣ガイド」さんのサイトから引用させて頂いたものです。

山   門

本    堂

阿弥陀堂 御 朱 印


 十一番札所 上醍醐・准胝堂(醍醐寺) (京都市伏見区)
          かみだいご じゅんていどう

 「花の醍醐」とよばれる桜名所の醍醐寺は、標高450mの醍醐山の山上・山下に伽藍を擁する、京都でも屈指の大寺院。膨大な国宝・重要文化財を所蔵し、世界遺産にも登録されている。山上を上醍醐、麓を下醍醐と呼び、合わせて九十余りの堂塔が配置されている。

 西国第十一番札所である准胝堂は、醍醐寺では一番早く上醍醐に建立されたお堂で、昭和43年に再建されたが平成20年に落雷による火災で焼失。現在は下醍醐の観音堂に札所本尊の准胝観世音菩薩像(秘仏)を安置し、納経や御朱印もここで受け付けている。納経を済ませた後寺内の三宝院に立ち寄り、長谷川等伯一派の手による襖絵や庭園(中庭)を眺めてきた。

仁 王 門

緑の木々と赤い幟に囲まれた観音堂 御 朱 印

観  音  堂

金    堂 五 重 塔


境内に建つ伽藍のひとつ、三宝院の中庭


 冒頭にも書いたように、九州地方から近畿までの広範囲に大雨警報や注意報が出る中での参拝となりました。当日とその翌日・翌々日の3日間に、広島や岡山で豪雨による大災害が起こりました。今になって考えると、よくぞそんな日にツアーバスが出たものだと、複雑な気持ちでいっぱいです。



 電子雑記帳のメニューページに戻る
   他のページへ移る場合は左のメニューをクリックしてください。